BizReach Designer Blog

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会社のためじゃなく、まずは自分が「かっこいい」と思うものを作れるデザイナーになれ 。デザイナー MoQ が考える、若手デザイナーの在り方

BIZREACH Designer Interview!今回話を聞いたのは、プロダクトデザイン部 デザイナー兼マネージャーの李 元杰(MoQ)です。李は、2016年11月にデザイナーとしてビズリーチに中途入社し、現在は、挑戦する20代の転職サイト「キャリトレ」のデザインや、デザイナーチームのマネジメント業務を行っています。
先日開催された「BIZREACH AWARD」では、ベストデザイナー賞を受賞しました。

李は中国出身で、大学院卒業と同時に日本で働きはじめました。3度の起業経験を持ち、エンジニア・ディレクター・プランナー・営業…とデザイン以外にもさまざまなスキルと表現力を持つ李が、何故今デザイナーとしてビズリーチで働くのか。話を聞いてみました。

三度の起業と起業仲間の死がきっかけとなった
“日本で働く”という選択。

—— 現在、ビズリーチでデザイナーとして活躍している李さんですが、いつからデザイナーを目指していたのでしょうか?

僕は小学生の時から、Adobe PhotoshopやFlash等のツールに触れて遊んでいて、そういったツールを使ったソフトウェアでのものづくり全般が大好きでした。ただ、当時はそれを「デザイン」だとは思っていなくて。

高校〜大学では、コンピューターサイエンスを専攻しました。そんな中、たまたまデザイン学科の人たちが作っているものを見る機会があり、自分が幼い頃から作っていたものが「デザイン」だったことを知りました。同時に「自分にも、デザイン学科の人たちが作っているようなデザインが作れるのではないか?」思い、趣味とサークルでデザインを制作し、技術や表現力を習得していきました。そして、大学4年生のときにソフトウェアの設計+デザイン+開発の一連の体験を作るコンサルティング会社を立ち上げました。

—— 学生時代に起業していたんですね!なぜ、その会社にコミットせず、日本で働くことを選択したのですか?

きっかけがいくつかありました。
そのコンサルティング会社は3人の仲間で立ち上げた会社だったのですが、大事な仲間の1人が重い病気にかかり入院して、30歳という若さで他界しました。

亡くなった仲間は優秀なフロントエンドエンジニアで、僕にとって先生のような存在でした。
手術の成功率がとても低い病気だったので、彼も僕たちも死を受け入れる覚悟はしていました。

彼の死をきっかけに、2人で今後の活動を考え直し、インターネットの仕事だからリモートでも働けるよね……と、それぞれ別の場所で働くことを決めました。
僕が日本に来たことでさらに距離は出来てしまったのですが、その会社には今でもアドバイザーとして関わっています。

あとは僕自身、デザインがすごく好きで、クリエイティブなものに可能性を感じていたこともあり、多くの国をまわって、世界でデザインを学びたいという気持ちがずっとありました。

日本に住むきっかけとなったのは、リクルートさんが主催するアジアの大学生と日本の大手企業をマッチングする就活イベント「WORK IN JAPAN」です。
当時の僕はアフロヘアで、友達に「アフロで就職活動したら面白いじゃん。一緒にやろうよ」と言われて、面白半分で参加したところ、5社受けたら3社から内定をいただいて。その中の広告代理店に新卒入社をしました。26歳のことです。

余談ですが、僕は中国でダンススタジオ運営もしていたので、もし日本にきていなかったら、今頃はコンサルティング会社を続けながらダンスの先生をしていたと思います(笑)。

—— ダンス経験もあるんですね!多才ですね。笑 一社目の広告代理店ではエンジニアとして働いていたと聞いたのですが、エンジニア職を希望されたのですか?

いえ、面接の時にはっきりと「クリエイティブな仕事がしたい」と社長に伝えていました。すると「じゃあ一旦エンジニアとして働いてみようか。チャンスがあればクリエイティブ職に異動していい」と言ってくださり、入社1年後には無事クリエイティブ職に異動することができました。
異動後の部署では、フロントエンドエンジニア・Webディレクター・プランナーを兼任して、IoT関係の制作・開発を行っていました。

広告代理店での仕事は、プランニング、ディレクション、開発、デザイン、お客さんとのコミュニケーション……と、なんでも挑戦させてもらえたので、楽しかったしやりがいもあったのですが、自分が正しいと思う意見が通らないことも多くありました。そのうち「自分でやったほうが好きなものが作れるし、稼げるし良いな……」と考えるようになり、2年半働いて退職することにしました。

—— 広告代理店で働いた後は、どのような活動をされていたのですか?

退職後は、日本に住む友達4人と一緒に、自社サービス(アプリ)を開発・運営する会社を立ち上げました。日本では初めての起業ですね。

投資家の方に3,000万を投資していただいてアプリを開発したのですが、一気に3カ国でサービス展開したこともあり、広告費等ですぐにお金がなくなってしまって。PRイベントや企業広報など頑張って取り組んでみたものの、サービスは伸び悩みました。そこから半年間は開発に全力コミットし、続く半年間はサービスを運営し続けるためにコンサル業や受託制作業をして、稼いだ資金をサービス運営に回していましたが、結局1年間でチームは解散することになりました。ただ、サービスはクローズせずに今も残していて、メンバーそれぞれが違う企業で働きながら小さく運営を続けています。

会社の為ではなく、目の前にいる人の為になる選択を。
デザイナーという仕事に全力で向き合う。

—— 3度の起業経験を持ち、チャレンジを続けていた李さんは何故その後ビズリーチへの転職を決めたのでしょうか。

僕は上海交通大学出身なのですが、上海交通大学の卒業生はみんなスタートアップが好きで、僕が在籍していた時代は特に起業が流行っていました。
大学にいる半分くらいの人は「大手企業に就職?それはダメだ、起業しなきゃ」みたいな会話をしていて、みんなそういう価値観を持っていましたね。

でも、僕は日本にきてから結婚をして、家族もいたので、起業はリスクも高いし、今更ながら少し安定したいと思うようになってきて。
あとは、日本で起業した時の仲間が外国人や、元外資系企業の日本人だったので、会話がほとんど英語で、日本で働いているのに日本語をほとんど使っていなくて、日本で働く意味ないじゃんと思って(笑)。

せっかく日本にいるんだから、日本人と一緒に働きたいという思いが日に日に強くなり、企業のリサーチついでに転職サービスに登録したら、ビズリーチからスカウト連絡をいただいたんです。
オフィスを訪問してビズリーチの方々に会ってみると、どの方もとても親切で、誰もが人の為になること・仲間のためになることを1番に考えていて驚きました。世の中のほとんどの会社は「会社のために頑張れ!努力しろ!」という考えで動いているように感じていましたが、ビズリーチは違う。個人の成長もしっかりサポートして、人間関係を大事にして、コミュニケーションをこまめにとります。

すぐに内定をいただき、その意思決定の速さや決断力に心を打たれて、ここでなら良い仕事が出来そうだと思い、入社を決めました。この速さ、大胆な判断もビズリーチの魅力ですね。

—— 入社後は、どのようなお仕事を担当していますか?

人生で初めてデザイナーという仕事にフルコミットしています。
入社してからは「キャリトレ」のリードデザイナーとしてサービスをデザインしたり、「Frontend Beer Bash」「BIZREACH DESIGNER BLOG」「ULTRA BEER BASH」「Future of Work」などのビジュアル制作を行ったり、入社して1年経った今はデザイナーチームをマネジメントをしたりしていますね。

李がビズリーチで手がけた制作物


BIZREACH DESIGNER BLOGのキービジュアル


Frontend Beer Bash


キャリトレ求職者側のデザイン


キャリトレサービス説明動画

—— 李さんはかっこいいグラフィックを極めているイメージがあるのですが、昔からそういったグラフィックを作られていたのでしょうか。

あまり意識はしていませんでしたが、小さい頃からそういったかっこいいグラフィックに自然と触れていたのかもしれませんね。
普段あまり本を読まない反面、毎日インターネット上のデザインをインプットしています。国内外のかっこいいWebサイトやグラフィックにも目を通しますし、有名なアワードを受賞したWebサイトを見ては、作れるか作れないかを自分に問い、真似して作って実力を試しています。

—— 日本の会社でデザイナーとして働いて、苦労されたことはありますか?

日本語でのコミュニケーションが今でも課題ですね。
日常会話は問題ありませんが、ビジネス会話のなかで、何故これを作らなければいけないのか?チームのみんなに自分の考えを説明して、共通認識を持ってもらうことに難しさを感じています。
僕は「これ良い!あれ良い!」と結構直感で決めて、とりあえず作ってみてから考えることが多いんです。ようは作らないと正しく検証できないから、まず作りたいんですよね。

あとは、今は問題ないのですが入社して半年間は、コンセプトの文言作成やブレストが難しかったです。
すごく面白いアイデアがあるのに、メンバーに伝えられなくて。エンジニアやプロジェクトマネージャーから「なんで、これを作るのか説明してくれ」と言われるといつも困ってしまっていました。
カスタマージャーニーマップを作ってみても、あまり納得してもらえなくて。なので今まで通り表現したいものを先に作って提案したほうが「これいいね!」と理解してもらいやすくて、そのスタイルを続けています。

「好きだ」「かっこいい」と思った物を
まず作れるようになってほしい。
李が若手デザイナーに望む、デザイナーの在るべき姿。

—— 2月からはプロダクトデザインチームのマネージャーにも就任されましたが、マネージャーとしてのお仕事はいかがですか?

今後はプレイヤーとしてだけではなく、人を教育したり育成することにも前向きに挑戦したいと考えています。
僕は中国で生まれ育ちましたし、言語が通じないところや、文化が合わないところがありながら、僕を信頼してマネージャーを任せてくれたこと、会社にはとても感謝しています。

—— マネージャーになった李さんは、今後ビズリーチのデザイナーたちにどうなってほしいと思っていますか?

クリエイティビィティを発揮するには「アイデア・ツール・パターン」といった、大きな3本柱が必要だと思っています。日本のデザイナーはデザイン思考をよく学び、考え、語る「アイデア」の能力が高い思うのですが、中国のデザイナーはツールの能力が高い。

良いデザイナーの在るべき姿というのはこの「アイデア・ツール・パターン」のバランスがとれている人だと思います。アイデアのみ極めても、ツールのみ極めても、パターンのみ極めてもダメで、こういうアイデアがあるから、こういうツールを使って、こんなかっこいいグラフィックを作ろうよ。と提案できて、ユーザーやクライアントの心を動かせる人になること。これがデザイナーの在るべき姿だと思っています。

ビズリーチのデザイナーを見ると、現状ではアイデアとツールの二つが強みだと思っています。けれど、三つ全てに対して学ぶ意思があります。

社内の新卒やジュニアの子たちに「あなたの表現は、うちのサービスに対してどれだけ貢献できるのか?」と問うシーンを見ることがあるのですが、僕はそうじゃないと思っていて、まずは自分が好きなものや、かっこいいと思ったものを作れるようになってほしい。
そして自分の好きなものを作れるようになったら、身に付けた技術・表現力で会社に求められるものを作る。それが出来るようになればお互いが幸せです。
これが会社とデザイナーの在るべき関係、在るべき姿だと思います。

—— ビズリーチで、今後どのように成長していきたいか、どのような仕事をしていきたいか教えてください。

ビズリーチを変えたい。ビズリーチのデザインをもっと良くしていきたいと思っています。
プロダクトデザイン部 部長の田中さんとコミュニケーションデザイン部 部長の三井さん、自分にとってふたりの存在がとても大きいですね。田中さんは、デザインの価値や必要性について、経営陣に細やかにコミュニケーションをとってくださっていますし、僕を採用し育成してくださっていた三井さんは、僕に「ビズリーチでスタープレイヤーになってほしい」と言ってくださいました。
いずれはお二人のような、存在になっていきたいと思っています。

半期に一度行われている「BIZREACH AWARDS」では、ベストデザイナー賞をいただきました。

ビズリーチのデザイナーは、“2020年までに日本を代表するデザイン組織になること”を掲げています。だから僕はこの会社のベストデザイナーとしてその力になりたいし、ここで良い仕事がしたい。「日本を代表するデザイン組織になること」を実現するまで、働き続けたいと思っています。